遠い場所にいながらも

少し昔に立ち返ることが多くなったこの頃。特に小学校の自分の姿が羨ましく思う。
周りの友達を永遠だと感じられたり、自分の未来に理想や絶対の自信を抱いたり。

中学校に入って1年の間は、小学校と同じ感覚を持ちながら、笑いあったり出来たけど、
2年の時に病気で、半年間入院してその後の退院した後の生活に、違和感を覚え出して、
3年になる春の時期に、同じ病気が再発して、退院した後の友達の変化に戸惑って、
どんなに大勢で笑いあってても、一人を感じる事が多くなった。

高校の時には、誰も知ってる人がいなくて、1から自分をはじめられると思ってたけど、
それは、そんなに簡単な事じゃなくて、結局、卒業して、同じだった事に気づく。

自分の顔色よりも相手の顔色を気にしすぎた。
自分の心よりも、相手の心の方を見つめすぎた。

今から、そんな遠い場所の事を思うのは、
変わってない部分に目を向けてるだけなんだけど、自信がないときは、絶対に考える事で。
変わってる部分は、、その時には、考えられなくて。

そういうときに、小学生の感覚や気持ちがすごく羨ましいと思う。
何にでも体当たれて、自分の感覚を大切に出来ることがすごく。いい意味でも、悪い意味でも。

でも、どんな場所にいる自分よりも、今の自分が全てで、
結局の結局は、自分が向いた方向にしか進めないんですよね。
だから、そう思うだけで、動き出す時には別の行動を取る自分がいるし。
それが矛盾の種でもあるけど。(笑)

遠い場所にいる自分は、何も言ってはくれないけど、
流れ着いた今日を頑張って生きて、明日へと流れていくことがすごく大変なことを、
遠い場所にいる自分のおかげで、今だから、気づけたのかなぁ。

逆に遠い場所にいる自分に、何か残せるかなぁ。
流れに乗せて、何でもいいから一つの種を撒けたらいいな。
流れの向こう側や岸辺で、どんな形の花を咲かせるのかを見てみたい。(終)
[PR]
by heart-of-chord | 2006-02-13 03:08 | 雑記


<< 前提変換について Aマホ関西オフ会募集締め切り >>